死んでいるのは…(その1)【奔放なOL小枝子(28)の話】

まただ…。
多分時間は深夜の2~3時ってところかな。
時計はナイトテーブルの上に置いてあるから振り返るだけで見れるのだけど…見れない。
動いてあいつに起きてるのを気づかれたくないから。
部屋の入口あたりに突っ立って恨めしそうにこっちをにらんでる女。
彼氏の大介と同棲を始めた頃からたびたび現れる…生霊。
あたしはそいつを知っている。
戸田佐和…大介の元カノ。
大介が別れ話をした時にはごねられてかなりもめたらしかった。
事件が起こったのはあたしと大介の同棲初日のこと。
この女がアパートまで押し掛けてきたんだ、それはもうすごい剣幕で。
敵意むき出しであたしに罵詈雑言を浴びせてきたけどあたしも大介のことが好きだから負けじと言い返した。
すると言い合いでは勝てないと思ったのか持ってたバッグから包丁を取り出した。
包丁を逆手に持っておおきく振りかぶる。
通常の持ち方と違うってだけで殺意がひしひしと伝わってきてあの時は本当に怖かった。
無慈悲な刃が振り下ろされてもうダメだと思った時にテーブルの上にあったガラス製の灰皿が目に入って思いきりぶっ叩いてやった。
1、2歩よろめいたかと思うとこっちをキッとにらみつけたかと思うと逃げるようにアパートを出ていった。
それ以来たまにこうしてアパートに出てくるようになった。
最初見た時は本当に心臓が止まるかと思ったよ。
戸締りをしっかりしてアパートの鍵をどれだけ変更してもどうしてもこうして現れる日がある。
「!?」
「近づいて…来てる!?」
気づけば視界の端にあった女の姿が明らかに近くなっている。
音もなくどんどん近づいてきて息がかかるほどの距離になった。
背筋に冷たいものが走る。
戸田佐和は静かに口を開いて…。
死んでいるのは…(その2)【後ろ向きなOL佐和(31)の話】

「あなた、もう死んでいるのよ」
そう耳元でささやくと女は一瞬硬直したかと思うとスゥっと消えていった。
大介を誘惑しようとした泥棒猫。
まさか殺してもこうして幽霊になって居座るとは思ってなかった。
あの日口論になった私は密かに忍ばせていた包丁で尾川小枝子を刺し殺した。
灰皿で反撃してきたのに驚いて一度は逃げたけど、大介から電話があってまたアパートに戻った時にはもう動かなくなってた。
大介もようやく目が覚めたのかまた二人でやり直そうと言ってくれたわ。
遺体はそのまま車に積み込んで大介と二人で山に埋めた。
…これでなにもかも元通りになるはずだったのに。
今もこうしてときどき彼女面してアパートに現れる。
私としては早くこのアパートから引っ越したいと思ってるんだけど。
ふぅ。
一息ついてベッドに腰を下ろす。
壁側を向いたまま微動だにしない大介にキスをしようと顔を近づけると大介は突如クルッとこちらを向いて声を上げた。
死んでいるのは…(その3)【軽薄な係長大介(32)の話】

「もう付きまとうのはやめてくれ!お前は死んでるんだよ!」
振り返って叫ぶと佐和は一瞬悲しい表情を浮かべたのち煙のように消え去った。
はぁ…はぁ…!
止めていた呼吸を戻しながらムクっと上半身を起こす。
もう俺は限界だ。
一ヶ月前にアパートで小枝子が佐和を刺し殺した後、俺は小枝子をアパートに呼び戻し死体を埋める手伝いをさせた。
うれしそうに穴掘りを手伝う小枝子。
だが俺は小枝子のことを心底疎ましく感じていた。
もうとっくに気持ちは冷めていたから別の女を作って引っ越ししたのにまさかこんなことになるとは…。
穴も十分な大きさになった頃合いで小枝子の頭を後ろからシャベルで殴る。
殴る。
殴る。
そうしてピクリとも動かなくなった小枝子を佐和といっしょに埋めた。
それですべてが終わったと思ったのに…それからというもの夜な夜な俺の部屋には2人の霊が出るようになってしまった…。
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